7日目 ウルバンバ - オリャンタイタンポ - モライ - クスコ 







 

7日目 オリャンタイタンポの遺跡とモライの遺跡

  一晩中激しい雨と雷が・・・

 一晩中雨が降り、雷もかなり激しく鳴っていた。朝起きると雨も上がり、所々青空も見えている。朝食を済ませてから、ホテルの周辺を歩き、綺麗に咲いていた花の写真を撮る。今日はこれからバスでオリャンタイタンポの村に向かい、インカの遺跡を見に行く。

  インカ時代の水路を今も利用

 この村はインカ帝国時代の街並みがそのまま残っており、裏小路に入ると、石造りの民家が今も数多く使われている。 路は狭いが道路横には、日本の津和野の様に水が流れる水路もあり、インカ時代の灌漑用水路や、下水道がそのまま使われている。

  巨大な石の壁

 街外れの崖の中腹には、川の氾濫から免れるためか食料貯蔵庫がある。更に、当時スペイン軍の侵入を阻止するための要塞も残っている。崖の上には、何のための物か分からないが、巨大な岩(高さ4m、幅合わせて10m、奥行き1m)で作った石の壁のようなものが組み合わされている。この表面には、何かの像が彫られていたようだが、後で侵略者達に彫像が削り取られたらしく、その痕跡が生々しく残っている。

 これら巨大な岩石はウルバンバ川を挟んだ向かいの山から切り出されたものとされているが、一体どうやって川を渡り、この150m近い山の上に運んだのだろうか。我々現代人にとっては、全く理解を超えた作業だ。

   聖なる谷の上には広大な平地が

 遺跡を一通り見た後、バスで、このウルバンバ川沿いの聖なる谷から、切り立った崖に作った急なS字道路を、グングン登って行くと、広大な平地があり、様々な作物が作られていた。おそらくこの辺りの標高は3000mくらいあると思われる。

 
  モライの遺跡は農業試験場?

   小さな町を通り過ぎると、モライと言う円形の遺跡がある。まるで闘牛場のような、直径100m、深さも100mくらいはありそうだ。段々畑を円形に掘り込み、最上層と最下層の温度差は5℃から10℃もあり、インカの人たちは、この温度差を利用して、異なる環境で育つ植物を植えて研究していたと言われている。

 四方の山を見渡すと、アンデスの山々が雪と氷河を抱いて間近かに迫っている。標高5000m~6000m位の山と言うから、この辺りは4000m位はあるのかもしれない。

 
   家の構造はアドベ造り

  モライの遺跡を後にして、高原地帯を走り、将来クスコの空港を造るというチェンチェーロの町を通過する。これまでも小さな町を通過してきたが、多くの家の構造は、粘土を捏ねて型枠に入れ、それを外して日干しし、そのレンガを積み上げるアドベ造り。この高原地帯には木があまり生えないからなのか?。それにしても平坦な畑地帯が延々と続いている。更に峠を越え、クスコの町に向かって下って行く。

  コカ茶を飲みながらフォルクローレを聞く

  クスコの町の小奇麗なレストランで、高山病に効くと言うコカ茶を始めて飲み、フォルクローレのバンドを聞きながら昼食をいただく。コカ茶は味もそっけもないものではあるが、絶対国外には持ち出し禁止とのこと。中々上手なバンドでサイン入りのCDを2枚も買ってしまう。

クスコの空港は、まさに町のど真ん中にあり、飛行機の尾翼が家々の屋根の上にとび出ている。どんな経緯で町の真ん中に造られたかちょっと興味がある。

  また高山病か・・・

  少しクスコの町を歩いていると、またまた、何か雲の上を歩いているようで、身体がフラフラする。少し急ぎ足になると、心臓がパクパクして調子が悪い。やはり高山病の一種だろうか。

  夕食は和食の「富士」で

 クスコから空路1時間半でリマに戻る。クスコでの夕食は、和食レストラン「富士」で幕の内を食べる。クスコでの宿泊先は、やはりあのシェラトンホテルで、久し振りに故郷に戻って来た安心感で、シャワーを浴びゆっくり寝る。 

     
オリャンタイタンポの民家の玄関    オリャンタイタンポの街の裏通り 
     
   
山の中腹にはインカ時代の穀物倉庫     山の半分が砦
     
     
打ち捨てられたままの遺跡    巨大な石の壁 、高さ4mある
     
     
精巧な石組みの壁     頂上の高さはほぼ150m
     
     
 モライの遺跡(農業試験場と言われる)
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(1分25秒)
  周囲を見回すと雪に覆われた
アンデスの山々が 
     
     
クスコへの道の峠で    リャマを連れた子供たち 
     
     
 将来空港ができる予定のチェンチェーロ付近   楽しくフォルクローレを聞きました 
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(1分14秒)